線路の向こう側

旧永久に続けよ鉄の道(はてなダイアリー)から移行しました。更新頻度は低めです。

カシオペアに乗ってきた話3

ようやく乗車したカシオペア


今回乗車したのは「カシオペアEXツイン」と呼ばれる、車端部の席である。
通常、カシオペアの場合は車両の上下に寝台が配置されるスタイルだが、
このカシオペアEXツインでは、床下の走行用台車を避けるために上下にはなっていない。
枕木方向と線路方向に2台のベッドがあり、枕木方向にはエキストラベッドが引き出せるので
最大3名で利用可能となる。もちろん、寝台料金は3名分必要だが、若干の割引があるので、
割り勘すればツインに乗車するよりも安くなる。
車端部なのでゆれが大きいとの声もあるが、まあ普通だと思う。
意義的には、東海道線E231系のサロで見られる、車端部の平屋室と同様である。



車内はこのような通路になっている。われわれが今回乗車したのは11号車で、展望車(12号車)は近いが、
食堂車(3号車)には結構な距離があるため、この通路を通っていかなければならない。この通路、大柄な私でなくとも
往来には結構気を遣うので注意が必要である。
実際、乗車直後にシャワールームの使用券を3号車食堂付近で購入するのだが、そこにできてしまう列により
乗車直後の貴重な時間が奪われるばかりか、若干不自由さを感じた。






気を取り直して食堂車の夕食である。
今回は3回目のディナーを予約してある。ディナーは日に3回まで、これは切符購入時に予約する。
この3回までに該当しなかった場合はディナータイム終了後のパブタイムで食事を取ることになるが、
このパブタイムまでこの場所で列で待つ必要がある。同じく朝食は予約がないので待たないと食べられない。
上からメニュー、メインディッシュの肉料理、テーブルの装飾。
この装飾は、クリスマスシーズンのためこのように小さなリースがかかっていた。
一番下の画像は食事を終えて立ち去るときに撮影したもの。ちょうど函館駅に停車中で、
パブタイムの準備をしていたところである。
食堂車の雰囲気は、100系新幹線の二階建て食堂車に近い。通路は食事の客席部分とは分離されているのでうっとおしくない。
ただ、夜行列車で、札幌−函館間の食事では、この時期では風景は皆無に等しく、少々残念ではあった。



函館を過ぎると、機関車がDD51からED79に変更され、列車の進行方向も変わることからこのように機関車かぶりつきもできる。
ただ、展望車には常時人がおり、音楽も流されているので落ち着くかと言われると少々難しい。



この写真は翌朝の東北本線を撮影したものだが、きれいな展望が広がっている。
この展望車付近ではグッズの販売も行っており、ちょうどこの食事の後グッズの購入をした。
もう少しラインナップは欲しいかなとも思う。


函館を過ぎると、列車は仙台まで客扱いをせず、走っていく。その仙台も4:32と早朝になる。
この間、忙しかった私は、ノートPCを取り出し、車内に設置されている洗面台から電源を取り、
ひたすら英語をタイプしていた!!!
途中1時間ほどうつらうつらとしていたが、それもご愛嬌である。





翌朝、郡山付近で食事の時間となる。まだ外は暗いが、ちょうど日の出のころだった。
この日は冬至。日の出の瞬間をカシオペア車内で朝食中に拝めるのはこの時ばかりなのかもしれない。
朝食も席取り合戦が繰り広げられるが、なんとか初回分で着席することができた。
綺麗な、朝日でした。


ここまできてしまえば、旅の終わりは近い。
指定されたシャワーチケットを持って朝のシャワーを浴び、展望席で少し談笑。
ツアー利用の年配の方が多かったのだが、機関車がいつの間にか変わっていたとか、
揺れがひどくて寝れなかったとかそういう声が多かった。そんなことないと思うのですが・・・


宇都宮、大宮、そして上野。
旅はもう終わる。そしてこれは、長く続いたブルートレインの系譜の終わりでもある。
ただ、乗車していた感じたのは、このカシオペアは「乗車するための列車」であり、
「目的地に行くための列車」ではないということだ。
乗車が目的で、乗車中に食事や、グッズの購入や、展望車などイベントをクリアしながら上野/札幌を目指すのである。
夜間移動して、そのまま職場へ、という利用は、私と、同行の1名の2名くらいのものだろう。
そういう意味で、ブルートレインではなかった。


私の中では、2015年1月4日に臨時列車の運転を終えた寝台特急あけぼのでブルートレインの歴史は費えている。
2015年8月23日に臨時列車の運転を終えた寝台特急北斗星では歴史の証人とも言える、国鉄時代からの24系客車の運用が終わり、
この寝台特急カシオペアの最終運転日2016年3月21日をもって、わが国における長きに渡る、客車寝台特急の歴史が終わる。
そんな最後の最後、私がこのカシオペアに乗車できたのは僥倖であり、その分払った代償も大きかったが、意義深いものになったと思う。
乗らずに終えるのと、乗れるのは大きな違いがある。それだけでもとても嬉しかった。
カシオペアはクルーズトレインとして、また四季島といったJRの新たな列車にその思いは受け継がれるだろう。
しかし、「時刻表に記載される、誰もが乗車のチャンスがある列車」として運転されるのはこれが最後になってしまうかもしれない。


この年になって、採算性とか、人件費とかそういうことを真剣に考えるようになり、
こんな列車を残すことの意味を金銭的に考えるのが難しいことは重々承知している。
しかし、しかし、何とかならないのだろうか・・・。